ストリンドベリ『ワンダーランド』が暴く狂気——文学者がシュルレアリスムを先取りした「偶然の芸術」

近代美術

美術史という広大な領域には、時として、教科書の年表を真っ向から破壊するような「異常な特異点」が出現します。

あるスウェーデンの劇作家が、怒りと被害妄想の中でパレットナイフを握りしめ、激しく絵の具を擦りつけて生まれた一枚のキャンバス。
そこには、のちに美術界のエリートたちがドヤ顔で提唱することになる「シュルレアリスム」や「抽象表現主義」の技術が、30年も前に、たった一人によって「完成された姿」で叩きつけられていました。

アウグスト・ストリンドベリ。
北欧文学の巨星として知られる彼は、1894年、逃げ場のないオーストリアの小さな村で、極限の精神状態の中で『ワンダーランド(原題:Underlandet)』を描き殴りました。

鬱蒼とした不気味な洞窟。未知の苔に覆い尽くされた岩肌。そして、その奥にぽっかりと開いた、遠い海のような「解放の光」。

これはプロの画家が緻密にデッサンした風景ではありません。
絵の具という物質との格闘の末に「偶然立ち現れた」、一人の天才の精神が崩壊していく過程の痛々しいドキュメントなのです。

彼がこの深い洞窟の中に隠した「暗号」とは何だったのでしょうか。なぜ、文学のプロフェッショナルが、これほどまでに暴力的な絵画を必要としたのか。
狂気と孤独が生んだ「偶然の芸術」の裏側にある、生々しい人間ドラマを一緒に追ってみましょう。

『ワンダーランド』基本データ

項目詳細情報
作品名ワンダーランド(スウェーデン語: Underlandet / 英語: Wonderland)
作者アウグスト・ストリンドベリ(August Strindberg)
制作年1894年
技法・素材油彩、厚紙(ペーパーボード)
サイズ縦 72.5 cm × 横 52 cm
所蔵場所スウェーデン国立美術館(ストックホルム)
図版: ワンダーランド (1894) アウグスト・ストリンドベリ - 出典: Wikimedia Commons (Public Domain)
図版: ワンダーランド (1894) アウグスト・ストリンドベリ – 出典: Wikimedia Commons (Public Domain)

逃げ場のない「5人の女」からの逃亡劇。天才から言葉を奪った地獄

図版: 1890年代のアウグスト・ストリンドベリ - 出典: Wikimedia Commons (Public Domain)
図版: 1890年代のアウグスト・ストリンドベリ – 出典: Wikimedia Commons (Public Domain)

この絵を理解するために、私たちは1894年のオーストリア、ドナウ川沿いの小さな村ドルナハ(Dornach)へと時計の針を戻す必要があります。

当時のストリンドベリの家庭環境は、ストリンドベリ本人に言わせれば「地獄の釜の底」でした。
家の中には、関係が完全に破綻しかけている2番目の妻フリーダ・ウール。生まれたばかりで四六時中泣き叫ぶ赤ん坊。口やかましい妻の祖母。いけ好かないから解雇した「はず」なのに居座る前の乳母。そして、新しく雇った見知らぬ乳母。

図版: 当時の妻 フリーダ・ウール - 出典: Wikimedia Commons (Public Domain)
図版: 当時の妻 フリーダ・ウール – 出典: Wikimedia Commons (Public Domain)

神経質で極度のパラノイア(被害妄想)を抱えていた彼は、この「5人の女性」たちによって自分の空間、自由、そして精神のすべてが包囲され、監視され、搾取されていると思い込みました。

「女のヒステリーと泣き声が、俺の脳髄を噛みちぎろうとしている」

極度のストレスと疎外感は、彼にとって最も残酷な形で牙を剥きます。世界的な劇作家である彼から、「言葉」を奪い去ってしまったのです。
いわゆる深刻なライターズ・ブロック(執筆機能不全)。ペンを持っても世界を構築できない激しい焦燥感。

発狂寸前の彼が、逃避手段として手に取ったのが、絵筆——よりもさらに暴力的で直接的な金属ヘラ「パレットナイフ」でした。
言葉では表現しきれない胸の内のドロドロとした鬱屈を、直接的に物質(絵の具)に叩きつけるしかなかったのです。

絵の具との格闘。「偶然の芸術」はいかにして誕生したか?

『ワンダーランド』の制作プロセスは、キャンバスに向かう画家の様子というより、格闘技のリングでの死闘に近いものでした。

ストリンドベリは後年、エッセイの中でこの作品の制作過程を詳細に語っています。彼は最初、「日没の海が見える、薄暗い森の内部」を描こうとしていました。しかし、インスピレーションが持続する2~3時間という非常に短い時間で、彼は無意識の衝動に任せ、パレットナイフで分厚い絵の具を厚紙にひたすら擦りつけていったのです。

その荒々しい行為の過程で、当初の意図すら彼の手を離れて暴走します。
ナイフの乱暴なストロークによって、描こうとしていた海は視界から消え去りました。森は暗く塞がれた「地下の洞窟」へと姿を変え、手前の適当に塗りつけられた絵の具のカタマリは、未知の苔や不気味な地衣類に覆われた岩肌へと変貌していったのです。

さらに彼は、右端に平たく引き延ばされた絵の具の跡が、偶然にも「水面の光の反射」のように見えたことから、最終的にそこを「池」だと事後的に認識しました。

これは、風景を客観的に写生したものではありません。
「自然の力が物を創り出すプロセスそのものを真似て、偶然できたシミやテクスチャの中から意味を見出す」という、極端に前衛的な行為でした。彼はこれを「偶然の芸術」と名付けています。

ふと空を見上げて、雲の形が犬に見える心理現象(パレイドリア効果)があると思います。彼は精神療法のように、偶然生み出された厚みのある絵の具の形から、自分自身の無意識の心象風景を読み取っていったのですね。

驚くべきは、この「無意識や偶然性を利用してインスピレーションを引き出す」というアプローチが、のちにアンドレ・ブルトンらが1920年代に高らかに宣言するシュルレアリスム(超現実主義)の「オートマティスム(自動記述)」と完全に一致していることです。事実、ストリンドベリは1894年7月の友人宛の手紙の中で、もうすでに「surrealisme(シュルレアリスム)」という単語を使っています。これは美術史の教科書をまるごと書き換えかねない、決定的な驚きだと思いませんか?

タイトル『ワンダーランド』に隠された不気味な暗号

ストリンドベリはオカルトと神秘主義に深く傾倒していたため、彼の作品には常に二重三重の「暗号」が仕掛けられています。

タイトルの「Underlandet(ワンダーランド)」。英語圏では一般的に、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』にちなんだ「不思議の国」として訳されます。
しかし、迫り来る狂気の縁に立っていた当時の彼の心理状態を考えれば、そんなメルヘンチックなお伽噺であるはずがありません。

北欧文学の研究者たちは、この言葉は同時に「Underworld(地下世界、黄泉の国、あるいは地獄)」という強いニュアンスを内包していると指摘しています。

カンヴァスをリースのように丸く縁取る、分厚く圧迫感のある黒と緑のアーチ。これは文字通り、彼を押しつぶそうとするドロドロの現実世界です。
一部の解釈では、この洞窟は巨大な女性器の暗喩であり、彼を強迫的に苦しめていた「女性の支配領域」だとも言われています。

そして、私たちの視線を強烈に吸い込む、中央奥の「ピンクと青みを帯びた光」。
それは、暗く陰惨な地底からなんとか脱出しようとする、彼自身の身を切るような「エクソダス(魂の脱出)」への渇望そのものなのです。

図版: インフェルノ絵画 (1901) アウグスト・ストリンドベリ - 出典: Wikimedia Commons (Public Domain)
図版: インフェルノ絵画 (1901) アウグスト・ストリンドベリ – 出典: Wikimedia Commons (Public Domain)

事実、彼はこの直後、本当に妻たちを捨てて単身パリへ逃亡してしまいます。
そしてその後、「インフェルノ(地獄)」と呼ばれる重度の精神崩壊と幻覚の世界に落ちていくことになります。『ワンダーランド』は彼が狂気へと足を踏み入れる、まさに「地ならし」の儀式だったのですね。

孤独な先駆者と、ムンク『叫び』との共鳴

この絵が発表された1894年当時、スウェーデン美術界では、カール・ラーションなどに代表される「明るい北欧の自然」や「幸福な農村風景」を描く自然主義的で穏やかな絵画が大流行していました。

そんなのどかな世界に、真っ黒な地獄の洞窟を描いた重ったるい絵を持ち込んだストリンドベリ。当時の批評家からは「狂気の沙汰」「パレットの削りカス」だと嘲笑され、彼は母国で凄まじい孤立を深めていきます。

しかし、彼は真に孤独だったわけではありませんでした。
パリやベルリンという国際的な場で、彼はポール・ゴーギャンや、そしてエドヴァルド・ムンクという天才たちと親しく交流を深めていたのです。

ここで一つの奇跡的な符合があります。この『ワンダーランド』が描かれる前年の1893年に、あのムンクの『叫び』が世界に産み落とされています。

目に見える外界の美しさを描くことを放棄し、色が歪み、空間がねじ曲がる構図を通して「人間の内面の強烈な不安や恐怖」を直接的にキャンバスに叩きつける。
ムンクの『叫び』とストリンドベリの『ワンダーランド』は、まるで打ち合わせでもしたかのように、同じ「魂の叫び」という一つの目的地を目指して走っていた双生児だったのです。

現代の私たちに接続する、アンダーワールドの入り口

発表当時は嘲笑された『ワンダーランド』ですが、20世紀後半になって時代がようやく彼に追いつきました。
現代の美術史において、彼は正真正銘、抽象表現主義やシュルレアリスムの「真の先駆者」として熱狂的に再評価されています。1990年のオークションでは、本作が当時のスウェーデン絵画史上最高額となる数億円相当で落札され、それまでの嘲笑を完全にひっくり返してみせました。

そして「表層の美しさの下には、欲望や狂気にまみれた地下世界(アンダーワールド)が広がっている」という彼のコンセプトは、現代の私たちが楽しむダークファンタジーのエンタメにも深く根付いています。
2026年3月から開催される『ディズニー ツイステッドワンダーランド展』に代表されるような、不条理な「反転世界(ツイステッド・ワンダーランド)」への現代人の熱狂。その大元を辿れば、130年前のストリンドベリの神経症的な狂気の中で、すでにその世界観は完璧に完成していたのですね。

ぜひ機会があれば、北欧の美しい自然を描いた絵画の「暗い裏側」として、この『ワンダーランド』の実物を想像してみてください。

カンヴァスの表面に残る、ナイフの暴力的なえぐり跡や、反抗的な色をねじ伏せるためにつけられた「作者自身の指の跡」。
そこには、自分を閉じ込める見えない地獄の壁に向かって必死に爪を立てた、一人の天才の悲鳴が生々しく焼き付いているのですから。

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