
出典: ノルウェー国立美術館 (Public Domain)
「世界で一番有名な怖い絵」といえば、間違いなくエドヴァルド・ムンクの代表作《叫び》でしょう。橋の上で、髑髏(どくろ)のような顔をした人物が両手を頬に当てて悲鳴を上げている……誰しも一度は目にしたことのあるあの姿。美術の教科書にも載っていますし、ホラー映画の金字塔『スクリーム』のマスクや、毎日のようにスマホで使う絵文字「😱」の元ネタとしても親しまれていますよね。
でも実は、あの人物「叫んでいない」って知っていましたか?
「えっ、タイトルそのまんま『叫び』なのに? あの大きく開けた口は悲鳴じゃないの?」
そう思いますよね。世界中のほとんどの人が「耳を塞ぎながら悲鳴を上げている」と勘違いしているこの人物。実は全く逆で、周囲から聞こえてくる凄まじい「何か」から、自分の鼓膜と正気を守るためのポーズなのです。
この記事では、今まで教科書が教えてくれなかった《叫び》の裏側を紐解きます。モデルになった予想外の存在、空が血のように赤い本当の理由、最新科学が暴き出した「消えゆく色」の秘密、そして過去に二度も盗まれたというアクション映画さながらの事件簿まで。
ただの「不気味なホラーアート」だと思っていたこの一枚が、最後まで読み終わる頃には、全く違った印象を放つ、どこか物悲しくて人間臭い名画に見えてくるはずです。
《叫び》を見るための基礎知識
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 作品名 | 叫び(原題:Skrik / The Scream) |
| 作者 | エドヴァルド・ムンク(1863-1944) |
| 制作年 | 1893年(最も有名な国立美術館版) |
| 技法・素材 | 油彩、テンペラ、パステル / 厚紙 |
| サイズ | 91 × 73.5 cm |
| 所蔵場所 | ノルウェー国立美術館(オスロ)など |
《叫び》は世界で1枚しかないと思われがちですが、ムンクは「描いた絵が手元からなくなる不安」や表現の探求から、油彩・パステル・リトグラフ(版画)など、複数のバージョンを制作しています。
本当は叫んでいない。「自然の声」と究極の孤独

出典: Wikimedia Commons (Public Domain)
あのグニャグニャとした不気味な人物はいったい何に怯え、何から身を守ろうとしているのでしょうか。その答えは、作者であるムンク自身が日記に残したこの生々しい言葉(プロース・ポエム)の中に隠されていました。
「私は二人の友人と道を歩いていた。太陽が沈みかかり、突然、空が血のように赤く染まった。(中略)友人は歩き続けたが、私はそこに立ち尽くし、不安に震えていた。そして私は、自然を貫く、巨大で終わりのない叫びを聞いたのだ」
舞台は、ノルウェーの首都オスロ(当時はクリスチャニアと呼ばれていました)の郊外にあるエーケベルグの丘です。ここからは美しいフィヨルドと街並みが一望できる絶景スポットですが、同時に当時のムンクにとっては、景色を楽しむ余裕などないほど息の詰まる場所でもありました。この丘の麓には、彼の愛する妹ラウラが収容されていた精神病院があり、またすぐ近くには屠殺場もあったため、常に生と死の気配、そして不穏なノイズが漂っていたと言われています。
つまり、ムンクが聞いた「巨大な叫び」は、目の前にいる他人の悲鳴でも、絵の人物自身の叫び声でもありません。彼自身が日常的に抱えていた極度の不安やストレスが限界に達し、風景そのものを生き物のように波打たせ、風景全体が「叫んでいる」ように感じられた……いわばパニック発作のような「大音量の幻聴」をキャンバスに描き出したものなのです。現代の言葉で言えば、重度のパニック障害や離人症に近い感覚だったのかもしれません。
絵の左奥をもう一度よく見てみてください。叫んでいるようなうねる曲線で描かれた風景に対して、歩き去っていく二人の友人(シルクハットの男たち)は、定規で引いたように真っ直ぐな直線で描かれています。彼らは後ろで耳を塞いでうずくまっているムンク(あるいはムンクの分身)の苦しみになど全く気づかず、背を向けて立ち去ろうとしています。
「自分がこんなに苦しくて立っているのすらやっとなのに、世界は当たり前のように回っている。仲の良い友達でさえ気づいてくれない」
この「冷酷なまでの無関心さ」と風景との対比こそが、ムンクの途方もない孤独を何よりも雄弁に物語っていると思いませんか?
名画に潜む3つの「信じられない」裏話
この絵が100年以上経っても私たちを惹きつけてやまないのには、ただの精神的な不安の表現にとどまらない、さらに深い3つのミステリーが存在します。一つずつ紐解いていきましょう。
① 血の空と「火山の噴火」

出典: Houghton Library (Public Domain)
あの毒々しく荒々しい赤い空。「ムンクの心の闇を表現した誇張表現だろう」と片付けられがちですが、実は1883年にインドネシアで起きた「クラカタウ火山」の大噴火が関係しているという説が有力です。
有史以来最大級とも言われるこの大爆発は、なんと数千キロ離れた場所にまで爆発音が届くほど凄まじいものでした。そして、桁外れの量の火山灰を成層圏まで吹き上げたのです。その結果、世界中の気候が狂い、数年間にわたって遠く離れた北欧ノルウェーでも「空全体が炎や血のように不気味に赤く染まる」という異常な夕焼けが観測されました。
ムンクは、その過去に見た強烈な自然環境の暴走の記憶を、当時の恐怖感とともに自身の内面の不安と重なり合わせて表現したと考えられています。つまり、あの赤い空は比喩ではなく、「本当にそこにあった赤い空」を描いた写実的なルポルタージュの一面も持っているのです。
② あいつのモデルは「ペルーのミイラ」?

出典: Musée de l’Homme, Paris (CC BY-SA 4.0)
中央で顔を引きつらせている謎の人物。実はこれ、ムンクの完全な想像ではなく、明確な実在のモデルがいたという驚きの仮説があります。
1889年、ムンクが留学していたパリで「万国博覧会」が盛大に開催されました。そこに展示されていたのが、当時のペルーで発掘された「チャチャポヤ族のミイラ」です。膝を抱え、両手を頬に当て、口を大きく見開いた状態で保存されているミイラが展示(※)されており、その姿が《叫び》の人物と文字通り「瓜二つ」なのです。「へえー!」というより「ちょっと怖いな」としり込みしてしまうかもしれませんね。
ムンクが直接このミイラを見たという明確な記録は見つかっていませんが、同時代の芸術家ポール・ゴーギャンなどもこのミイラに強烈なインスピレーションを受けて、自身の作品にたびたび似たポーズの人物を描き込んでいます。ムンクもパリ万博に足を運んでおり、頭の片隅にあの強烈な姿が焼き付いていたとしても、何ら不思議ではありません。
※補足:当時は倫理的な配慮が現代ほど確立されておらず、非西洋圏の遺物が見世物のように展示されることがしばしばありました。
③ 最新科学が見つけた「消える黄色」と狂人の落書き
空の部分などを彩る、胃が痛くなるような不快な黄色。これは「カドミウムイエロー」という当時の最新の合成顔料が使われているのですが、現代の最新科学による研究で湿気や光によって色素が退色して白っぽくなるという厄介な性質が判明しました。
つまり、1893年にムンクが描き上げた直後の《叫び》は、今の私たちが美術館で見る色合いよりも、さらに人工的で網膜に突き刺さるような「超絶毒々しい色彩」だったのです。当時の人々がこの絵を見て顔をしかめたのもうなずけます。
さらに、最も有名な1893年版(国立美術館蔵)の左上の赤い空の中には、鉛筆のごく薄い跡でこんな文字列が隠されています。
「狂人にしか描けなかった!」
長年、心ない観客によるイタズラ書きだと思われていましたが、2021年の最新の赤外線調査で、正真正銘、ムンク本人の筆跡であることが科学的に確定しました。
以前の展覧会で、ある医学生から面と向かって「こんな絵を描く画家は正気じゃない、精神に異常がある」と批判されたムンク。傷つきやすいガラスのハートを持っていた彼は、その言葉に深く傷つき、怒りと自嘲を込めて、後から絵の端っこに自らこの言葉を書き加えたのです。「ええ、どうせ私は狂人ですよ」という心の叫びが聞こえてくるような、天才の弱さが垣間見える実に人間臭いエピソードです。
二度も盗まれた名画。間抜けな泥棒たちと奪還劇

出典: Wikimedia Commons (Public Domain)
これほど強烈なエピソードと視覚的なインパクトを持つ名画だからこそ、《叫び》は絵画という枠を超えてポップカルチャーの絶対的アイコンにもなりました。それゆえに、世界中の泥棒から狙われる「アート・クライム」の超VIPとして、過去に二度も大掛かりな盗難被害に遭っています。
- 1994年の「紳士的」な泥棒劇:
舞台はノルウェー国立美術館。リレハンメル冬季オリンピックの開会式当日という、「どうせみんなテレビ見てるだろ」という警備の隙を突いた犯行でした。わずか50秒で窓から侵入して絵を盗み出した泥棒たちは、ご丁寧にも壁に「お粗末な警備に感謝する」という皮肉たっぷりな置き手紙を残していきました。この事件は世界中を騒然とさせましたが、数ヶ月後の警察による巧みな囮捜査で、幸いにも無傷で奪還されました。 - 2004年のバイオレンス強盗:
こっちは少しも笑えません。白昼堂々、銃を持った覆面男たちがオスロのムンク美術館に押し入り、来館者が悲鳴を上げる中、壁からワイヤーごと力任せに絵を引きちぎって逃走したのです。その後2年間も行方不明のままでしたが、ついに奇跡的に警察が発見。しかし、犯人が雑に保管していたため、左下隅に「修復不可能な液体のシミ」が残ってしまいました。あの痛々しいシミを見るたび、学芸員たちは今も悔しさで血の涙を流していることでしょう。
幾度も盗まれ、傷つき、そのたびに世界中でニュースになる。皮肉なことですが、その波乱万丈なドラマが、「絶対に守るべき人類の宝」としての地位をより盤石なものにしてきたとも言えます。現在では、より強固なセキュリティシステムのもとに厳重に保管されています。
見えない音を聴くために
現在、本物の《叫び》の一部はノルウェーの「ムンク美術館」や「国立美術館」で見ることができます。実物保護のため、テンペラ/油彩版、パステル版、リトグラフ版の3つが「1時間ごとに交代で展示される」など、非常にデリケートなVIP待遇の保護システムが取られています。どのバージョンの《叫び》に出会えるかは、現地に足を運んでからの運次第というのも、ワクワクするポイントです。
ムンクの《叫び》は、ただのお化け屋敷のようなホラーファンタジーではありません。
彼自身が体験した得体の知れない不安への生々しい恐怖の記録であり、未曾有の火山大爆発がもたらした気候異変の証拠であり、そしてガラスのように傷つきやすい一人の画家の「不器用な告白」でもありました。あの両手で必死に耳を塞ぐ人物は、時に現代の複雑な社会の中で、情報過多のノイズやストレスに苦痛を感じている私たち自身の姿でもあるのかもしれません。
次にテレビ番組や美術展、あるいは日々のSNSのタイムラインでこの絵を見る機会があったなら。
ぜひ彼の隣に立って、彼を怯えさせた「鼓膜をひしゃげるような自然の巨大な叫び」を、あなた自身の耳で少しだけ想像してみてください。きっと、ただ怖いだけではない、彼への深い共感と静寂が、あなたの心の中に訪れるはずです。


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