箱根の森の奥に、「空のない絵」があります。
画面いっぱいに広がるのは、ただの緑色の草。人物もない。建物もない。渦巻く夜空も、燃えるようなひまわりもない。ゴッホという画家の何もかもを裏切るような、静かで、地味で、それでいてどこか不穏な一枚。
タイトルは『草むら』。
「え、これがゴッホ?」と思ったなら、正解です。この絵はまさに、あなたが知っている「ゴッホ」とは正反対のゴッホ——激しく叫ぶのではなく、大地にしがみつくようにして祈る画家の、切実な記録なのです。
作品データ
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 作品名 | 草むら(Clumps of Grass) |
| 画家 | フィンセント・ファン・ゴッホ |
| 制作年 | 1889年4月〜5月 |
| 技法 | 油彩/カンヴァス |
| サイズ | 45.1 × 48.8 cm |
| 所蔵 | ポーラ美術館(神奈川県箱根町) |

フィンセント・ファン・ゴッホ『自画像』(1889年9月)。サン=レミの療養所で描かれた。出典: オルセー美術館 (Public Domain)
壊れかけた男が、足元を見つめた理由
1889年春。ゴッホは完全に追い詰められていました。
前年の暮れ、南仏アルルで共同生活していたポール・ゴーギャンとの関係が壊滅的に破綻します。二人の芸術論は真っ向からぶつかり、激しい口論を繰り返した末、ゴッホは精神の均衡を失い、自らの左耳を傷つけてしまいました。いわゆる「耳切り事件」です。
この事件の後、アルルの住民たちはゴッホを「町の危険人物」と認定します。市民30名の署名入りの嘆願書が提出され、ゴッホは強制的に病院に隔離されました。
絵を描くことだけが生きがいの男が、絵を描く自由すら奪われかけていた。
町からは排斥され、友人と呼べる人間は弟テオだけ。展覧会に出しても作品はほとんど売れない。このまま精神が崩壊するのか、それとも——。
そんな袋小路の中、ゴッホは自らの意志で一つの決断をします。サン=レミにある精神療養所「サン・ポール・ド・モーゾール」に入ろう、と。自分を閉じ込めるのではなく、自分で自分を守る場所を選んだのです。
ゴッホの『草むら』は、まさにこの時期——アルルを離れる直前か、療養所に入った直後——に描かれました。
考えてみてください。社会から拒絶され、遠くの景色に向き合う気力も失った男が、最後に視線を落とした先。
それは、足元でした。
名もなき草が生い茂る、ただの地面。でもそれは、揺れ動く世界の中で唯一動かない存在です。船が嵐の海で錨を下ろすように、ゴッホは大地に視線を投げ込んだ。この絵は、狂気の淵にいた画家が精神の平衡を取り戻すために行った、「投錨(アンカーを下ろす)」の儀式だったのかもしれません。

フィンセント・ファン・ゴッホ『療養所の庭』。ゴッホが入所したサン・ポール・ド・モーゾール修道院の庭の風景。出典: ファン・ゴッホ美術館 (Public Domain)
ちなみに、このサン=レミの療養所から生まれたもう一つの傑作が、あの『星月夜』です。『草むら』が足元の「地面」に自己を繋ぎ止めた作品なら、『星月夜』は「空」を見上げて宇宙に叫んだ作品。同じ療養所で、正反対のベクトルを持つ二枚が生まれたことになります。

フィンセント・ファン・ゴッホ『星月夜』(1889年)。『草むら』が「地面」なら、こちらは「空」。同じ療養所で生まれた正反対の傑作。出典: MoMA (Public Domain)
画面を埋め尽くす緑——「空がない」構図が意味すること
ポーラ美術館でこの絵の前に立つと、即座に気づくことが一つあります。
空がない。
風景画には普通、空がある。雲があり、太陽があり、広がりがある。でも『草むら』では、画面の上も下も左も右も、ひたすら緑色の草で埋め尽くされています。地平線すら見えない。
このクローズアップ構図は、意図的なものです。そこには少なくとも二つの意味が読み取れます。
一つ目は、外界からの遮断。
空を描かないということは、空の向こうにあるもの——自分を追い出した町、正気と狂気の境界線、不確かな未来——そういった「見たくないもの」を、画面の中から完全に消し去ることです。ゴッホはいわば、この45cm四方のキャンバスの中に、自分だけの聖域を作り上げたのです。
二つ目は、不思議なことに、安らぎ。
空がないから息苦しいかというと、実際に絵の前に立つと、逆に「大地に包み込まれている」ような感覚がある。画面全体が緑色に支配されることで、自分が草むらの中に寝転んでいるような、あるいは母なる大地に抱かれているような包容感が生まれます。
閉塞感と安らぎが同時に立ち上がる。この矛盾した感覚こそ、追い詰められた画家の心そのものなのかもしれません。
浮世絵が教えてくれた「切り取る勇気」
この大胆な構図には、もう一つ重要なルーツがあります。
日本の浮世絵です。
ゴッホがパリ時代に浮世絵を貪るように蒐集していたことは有名ですが、その影響は単に色使いだけではありませんでした。
葛飾北斎や歌川広重の花鳥画を見てみてください。前景の鳥や植物を画面いっぱいにドンと描き、背景はバッサリ切り落とす。西洋の伝統的な絵画ではあり得なかった、この大胆なトリミングこそ、浮世絵が世界の美術に与えた最大の発明の一つでした。

歌川広重『楓にるりかけす』。前景の鳥と植物を画面いっぱいに描き、背景を大胆に切り取る浮世絵の構図。ゴッホはこの手法に魅了された。出典: フリーア美術館 (Public Domain)
ゴッホの『草むら』は、まさにこの手法の産物です。前景の草を画面全体に拡大し、空も地平線も切り取ってしまう。それは西洋の風景画の常識を壊す行為であり、浮世絵から学んだ「切り取る勇気」がなければ生まれなかった構図です。
ここに、美術史のロマンチックな反転があります。
日本の浮世絵に魅了されたオランダ人画家が、その技法で一枚の草むらを描いた。そしてその絵が、100年以上の時を経て、巡り巡って日本の箱根にやってきた。
ゴッホと日本の間には、地理を超え、時間を超えた、不思議な引力が働いています。
緑のシンフォニーと「蝶を探す」楽しみ
色彩の話もしましょう。
ゴッホは弟テオへの手紙の中で「緑を描くのは難しい」と漏らしたことがあります。確かに、単一の緑で塗ってしまうとどうしても平板になる。でも『草むら』は違います。
深いエメラルドグリーン、くすんだオリーブ色、明るい黄緑色——何層もの緑が複雑に絡み合っています。

フィンセント・ファン・ゴッホ『草地』(1887年)。パリ時代に同じ「草」のモチーフで制作された作品。ポーラ美術館の『草むら』(1889年)と比較すると、2年間で筆致が大きく変化していることが分かる。出典: クレラー=ミュラー美術館 (Public Domain)
これらは平坦に塗られているのではなく、絵具を厚く盛り上げるインパスト技法(分厚く塗り重ねることで画面に凸凹を作り出す技法)と、長くうねるような筆のストロークで描かれています。一本一本の草が風に揺れているように見えるのは、このリズミカルな筆致のおかげです。
ポーラ美術館と堀場製作所の共同研究(蛍光X線分析)によれば、ゴッホは同系色の絵具を巧みに塗り重ねることで、平面的なキャンバスの中に三次元的な奥行きと質感を創り出していたことが判明しています。まるで実際の草むらに風が吹き抜けているかのような錯覚は、計算された色彩設計の結果だったのです。
そしてもう一つ。この緑の海の中に、よく目を凝らしてみてください。
白や淡い黄色の小さな斑点が、あちこちに散りばめられています。
これはモンシロチョウや小さな野花です。
鬱蒼とした草の中に差す、ほんのわずかな光。精神の危機にあったゴッホが、足元のこんな小さな命を見逃さず、丁寧に描きとめていた——そのことに、胸を打たれます。
ポーラ美術館で実物を前にしたら、ぜひこの「蝶探し」をやってみてください。一つ見つけるごとに、ゴッホの繊細な観察眼に触れることができるはずです。
135年前の「息遣い」が残る奇跡——裏打ちなしの秘密
ここで、この絵の最大の秘密をお話しします。美術解説ではほとんど触れられない、科学調査によって明らかになった事実です。
ポーラ美術館と東海大学、分析機器メーカーの堀場製作所が共同で行った調査で、驚くべきことが分かりました。
ゴッホの『草むら』は、「裏打ち(リライニング)」されていない。
少し説明させてください。
油絵のキャンバスは、何十年、何百年と経つうちに劣化していきます。そのため美術館では、古い絵の裏側に新しいキャンバスを貼り付けて補強する処置を施すことが一般的です。この処置が裏打ち(リライニング)。絵画にとっての「補強手術」のようなものです。
ところが、この手術には大きな副作用があります。
裏からプレスをかけるため、表面の絵具の盛り上がり——マティエールと呼びます——が、押し潰されてしまうのです。
ゴッホの絵は、分厚く塗り重ねた絵具のダイナミックな凸凹が命です。筆を押しつけた力の強さ、速く引いたときのかすれ、ぐるりと回した筆の軌道——それらすべてが絵具の凸凹として刻まれています。裏打ちによってそれが潰されるということは、画家の「制作の痕跡」が失われることを意味します。
しかし、ポーラ美術館の『草むら』は、この処置を一度も受けていません。
つまり、1889年にゴッホが筆を置いた瞬間の絵具の盛り上がりが、135年以上経った今日まで、そのままの状態で残っているということです。
これはほとんど奇跡です。
ゴッホがキャンバスに筆を押しつけた力。絵具が何層にも重なっていく過程。筆を引き上げた瞬間の微細なかすれ。そのすべてが「生の肌」のまま保存されている。
もしあなたがポーラ美術館で『草むら』の前に立ったら、まず近づいてください。そして絵具の表面を横から眺めてみてください。そこには、135年前の画家の指の圧力が、まるで化石のように刻まれています。
さっきまで「地味な絵だ」と思っていたこの一枚が、突然、画家のタイムカプセルに見えてくるはずです。
もう一枚の「祈り」——死の40日前に描かれた『アザミの花瓶』
ポーラ美術館には、ゴッホの植物画がもう一枚あります。
『アザミの花瓶』(正式名称は『アザミの花』)。この作品を語らずに、ポーラ美術館のゴッホを語ることはできません。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 作品名 | アザミの花瓶(Flower Vase with Thistles) |
| 制作年 | 1890年6月16日 or 17日 |
| 技法 | 油彩/カンヴァス |
| サイズ | 40.8 × 33.6 cm |
| 所蔵 | ポーラ美術館 |
この作品が描かれたのは1890年6月。ゴッホが自ら命を絶つのが同年7月27日ですから、死のわずか40日前ということになります。
当時のゴッホは、サン=レミの療養所を退所し、パリ近郊のオーヴェール=シュル=オワーズに移り住んでいました。精神科医であり、自身も画家だったポール・ガシェ医師のもとで治療を受けるためです。
この70日間で、ゴッホは約70点もの作品を描いています。まるで機関車のような猛スピードで筆を走らせ続けた。残された時間の短さを、体のどこかで感じていたのかもしれません。
ここで気になるのが、画題の選択です。
なぜゴッホは、華やかなバラやひまわりではなく、棘だらけの雑草「アザミ」を選んだのか?
キリスト教美術において、アザミは「受難」「いばらの冠」を象徴する植物です。若い頃に伝道師を目指し、炭鉱労働者たちへの献身のあまり教会から解任されたゴッホにとって、棘だらけのアザミは、自分自身のこれまでの人生——痛みと拒絶に彩られた半生——を映す鏡のような存在だったのではないでしょうか。
ところが、ポーラ美術館でこの絵を見ると、「痛み」だけは感じないのです。
不思議なことに、鋸歯状のアザミの葉は、中央に咲く花を守るように、あるいは抱きしめるように描かれています。鋭い棘を持つ植物にさえ、ゴッホは温かな眼差しを注いでいた。
背景にも注目してみてください。垂直と水平の筆致が交差する、まるで籠の編み目のようなタッチが走っています。これはオーヴェール時代のゴッホに特徴的な様式で、画面全体に細かな振動が伝わるような独特のエネルギーを生み出しています。花瓶やテーブルを縁取る太い輪郭線には、浮世絵の影響がここでも息づいている。最晩年に至るまで、ゴッホは日本の美意識を手放さなかったのです。
ちなみに、ゴッホが生涯で描いたアザミの静物画は、現存するものが世界にわずか2点しかありません。その貴重な1枚が、ここ箱根にある。
『草むら』が精神の危機のただ中で大地に自己を繋ぎ止めた「生存の記録」だとすれば、『アザミの花瓶』は死を目前にした男が棘だらけの雑草に見出した「最後の慈愛」です。この二枚を続けて見ることで、教科書には載っていないゴッホの横顔——叫ぶのではなく、静かに祈り続けた画家の姿——が浮かび上がってきます。
なぜこの絵は「箱根」にあるのか——鈴木常司の40年の情熱
フランスで描かれたゴッホの絵が、なぜ箱根の森の中にあるのか?
この疑問の答えは、一人のコレクターの人生に集約されます。
鈴木常司(1930〜2000年)。ポーラ化粧品の2代目オーナーです。
鈴木は約40年をかけて、フランス印象派を中心とする西洋美術のコレクションを一人で築き上げました。彼の蒐集方針は、「有名画家の代表作を高額で買い漁る」というものではありませんでした。自分の目と心で向き合い、自らの美意識に合う「光と色彩」を持つ作品を丁寧に選び抜いていったのです。
『草むら』や『アザミの花瓶』が選ばれた理由は、おそらくそこにあります。ゴッホの激しさの影に潜む、自然への真摯な眼差し。草の一本一本、棘の一つ一つに向けられた画家の誠実さ。それは鈴木の審美眼にとって、見逃せないものだったはずです。
蒐集品を広く公開するために、ポーラ美術館が開館したのが2002年。現在、美術館はポーラ美術振興財団によって運営され、印象派の名品を中心に約1万点のコレクションを誇ります。ゴッホの油彩画3点を所蔵しているのは、日本の美術館としては最大級の規模です。
そして面白いことに、『アザミの花瓶』がポーラ美術館に収蔵されるよりもずっと前——1958年(昭和33年)に、読売新聞社主催の「フィンセント・ファン・ゴッホ展」にこの作品が出品されていた記録が残っています。
戦後日本で巻き起こったゴッホ・ブームの真っただ中に、すでにこの絵は日本の美術ファンの前にあったのです。半世紀以上に及ぶ、日本人とゴッホの作品の縁。ゴッホ自身が浮世絵を通じて「日本」という理想郷に憧れ続け、その作品が海を渡って日本に辿り着いたという事実は、単なる偶然では説明しきれない引力を感じさせます。
2025年にはポーラ美術館で「ゴッホ・インパクト——生成する情熱」展が開催され、ゴッホと日本美術の双方向の影響関係が大きなテーマとなりました。開館以来初のゴッホ単独企画展として話題を呼び、The Art Newspaperなど海外メディアにも「Japan’s love for Van Gogh(日本人のゴッホ愛)」として取り上げられています。
この展覧会では日本人画家への影響も紹介されました。1920年代に渡仏してゴッホの墓地を描いた前田寛治や、対象に肉薄する執拗な描写が「ゴッホ的」と評される岸田劉生など、日本近代絵画の巨匠たちがゴッホからいかに衝撃を受けたかが語られています。
ポーラ美術館で『草むら』を見る体験は、単に一枚の名画を鑑賞するということにとどまりません。日本人がゴッホに惹かれ続けてきた100年以上の歴史の、最新のワンシーンに立ち会うことでもあるのです。
同じく「自然への執着」が生んだ傑作として、モネが30年間、同じ一つのモチーフを描き続けた狂気の物語もおすすめです。ゴッホの「草」とモネの「水」——二人の巨匠が自然に見出したものを比較してみると、印象派前後の画家たちの共通点と違いが、くっきり浮かび上がってきます。
ポーラ美術館で『草むら』を味わい尽くす鑑賞ガイド
最後に、実際にポーラ美術館で『草むら』を見るときのコツをお伝えします。知っているのと知らないのとでは、この絵の見え方がまったく変わります。
「距離」を変えて、二度驚く
まずは近づいてください。
裏打ちされていないキャンバスの表面に残る、絵具の凸凹(マティエール)。ゴッホが筆を押しつけた力の強さ、筆を引いたときのかすれが、そのまま残っています。「この盛り上がりの一つ一つが、135年前に画家の手で作られたものだ」と思うと、ちょっとした震えを覚えるかもしれません。
次に、3歩ほど下がって。
すると、バラバラに見えていた筆致が一つにまとまり、草が風にそよいでいるような錯覚に陥ります。近くでは「絵具」だったものが、離れると「草」に変わる。この距離による変身こそ、ゴッホの色彩設計の真骨頂です。
「蝶」を探してみる
緑の海の中のモンシロチョウや野花。見つけた瞬間、鬱蒼とした画面にふっと光が差すのを感じるはずです。精神の危機にあっても、足元の小さな命を見逃さなかった画家の温かさに触れる、美しい瞬間です。
建築と絵画の共鳴を感じる
見終わったら、ふと視線を窓の外に向けてみてください。
ポーラ美術館は森の中に沈み込むように設計されていて、ガラス越しに箱根の自然光や緑が差し込んできます。ゴッホが135年前に描いた「草むら」と、窓の向こうにある本物の「草むら」が重なり合う瞬間。
それは、世界中のどの美術館でもできない、ここポーラ美術館だけの体験です。
訪問情報
現在、ポーラ美術館では「SPRING わきあがる鼓動」展(〜2026年5月31日)を開催中。 歌川広重、モネ、ゴーガン、ゴッホなど多彩なアーティストの作品が展示されています。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 所在地 | 神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285 |
| 開館時間 | 9:00〜17:00(最終入館16:30) |
| 入館料 | 一般 1,800円/大学・高校生 1,300円/中学生以下 無料 |
| アクセス | 箱根登山鉄道「強羅駅」より施設めぐりバス約13分 |
| 公式サイト | ポーラ美術館 |
※ 料金・開館時間は変更の可能性があります。訪問前に公式サイトでご確認ください。





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