この絵を、教科書やテレビで一度は見たことがあるはずです。
荒涼とした風景の中に、ぐにゃりと溶けた時計が3つ。
「ああ、ダリの時計ね。知ってる知ってる」
そう思ったあなたに、ひとつ質問をさせてください。
この絵の「実物の大きさ」を知っていますか?
多くの人は、この世界的な傑作を、壁一面を覆うような巨大な作品だと想像します。
しかし、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で実物を目にした瞬間、誰もがその「小ささ」に息を呑むのです。

出典: The Persistence of Memory, MoMA (Fair Use)
サイズはわずか 24cm × 33cm。
今の言葉で言えば、A4コピー用紙よりほんの少し大きいくらい。あるいは、iPad Proとほぼ同じサイズです。
なぜ、こんなにも小さな絵が、私たちの記憶にこれほど巨大なインパクトを残し続けているのでしょうか?
その秘密は、ある日の夕食のデザート——とろりと溶けた「カマンベールチーズ」 にありました。
今回は、シュルレアリスムの天才サルバドール・ダリが仕掛けた、20世紀最大の「視覚的トリック」を紐解いていきます。
作品データ
| 作品名 | 記憶の固執(The Persistence of Memory) |
| 作者 | サルバドール・ダリ(Salvador Dalí) |
| 制作年 | 1931年 |
| 技法 | キャンバスに油彩 |
| サイズ | 24.1 × 33 cm |
| 所蔵 | ニューヨーク近代美術館(MoMA) |
始まりは「頭痛」と「食べ残しのチーズ」だった
時計が溶ける。
そんな奇妙な光景を思いつくなんて、ダリはやっぱり狂気じみた天才なのでしょうか?
実はこのアイデアが生まれた瞬間は、意外なほど人間臭いものでした。
運命の夜、1931年
当時27歳のダリは、精神的にも経済的にもギリギリの状態でした。
愛するガラ(後の妻)と駆け落ち同然で結ばれ、怒った父親からは勘当され、小さな漁師小屋で極貧生活を送っていたのです。

出典: Salvador Dalí, 1934, Library of Congress (Public Domain)
ある夕方のこと。ダリの家には数人の友人が集まっていました。
食事が終わり、みんなで映画に行こうという話になります。しかし、ダリは軽い頭痛を感じていました。
「僕はやめておくよ。早く寝ることにする」
そう言って友人たちとガラを送り出したダリ。
ふとテーブルに目をやると、そこには食べかけの カマンベールチーズ が残されていました。

出典: Baked Camembert, Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)
夏の暑さで、チーズはとろりと溶け出し、柔らかく形を変えています。
そのねっとりとした質感をじっと見つめていたダリの脳裏に、強烈なインスピレーションが走りました。
「これだ!」
わずか2時間の早業
ダリはすぐにアトリエに飛び込みました。
そこには、故郷カダケスの風景だけを描いたまま、仕上げられずにいたキャンバスがありました。
荒涼とした海岸線、夕暮れの光、枯れたオリーブの木。

出典: Port Lligat, Wikimedia Commons (CC BY-SA 3.0)
「この風景には何かが足りない」と悩んでいたその絵に、ダリは幻覚のように見えた「チーズの質感」を重ね合わせました。
ただし、描くのはチーズではありません。「とろりと溶ける時計」 です。
頭痛も忘れ、彼は猛烈な勢いで筆を動かしました。
ガラが映画から帰ってくるまでの、わずか2時間。その間に、ダリは3つの溶けた時計と、蟻にたかられた懐中時計を描き加え、この傑作を完成させてしまったのです。
「誰もこれを忘れることはできない」
帰宅したガラに対し、ダリはちょっとした悪戯を仕掛けます。
彼女を目隠しして絵の前に座らせ、「一、二、三」で目を開けさせたのです。
絵を見たガラは、驚きのあまり絶句しました。
ダリが「3年経ったら、君はこの絵を忘れてしまうだろうか?」と尋ねると、彼女は確信を持ってこう答えました。
「一度これを見た人は、誰も二度と忘れることはできないでしょう」
その予言通り、この小さな絵は海を渡り、アメリカで「ダリ・ダイナマイト」と呼ばれるほどの大センセーションを巻き起こすことになります。
何が描かれているのか?:3つの謎
さて、ここからは絵の中身をじっくり見ていきましょう。
画面には、不安を煽るような3つの主要なモチーフが描かれています。
溶ける時計(柔らかい時間)
なぜ時計が溶けているのでしょうか?
ダリはこの時計を「時間のカマンベール」と呼びました。
私たちが普段使っている時計は、1分1秒を正確に刻む「硬い機械」です。
しかし、ダリにとっての時間は、もっと主観的で、伸び縮みするものでした。楽しい時間は一瞬で過ぎ去り、苦しい時間は永遠に続く。夢の中では、時間の流れなど無意味になります。
この絵の中で、絶対的なはずの「時間」は、カマンベールチーズのように無力化され、ぐにゃぐにゃに歪められています。
それは、効率や規律に縛られた「近代社会」への、強烈な皮肉でもありました。
アインシュタインとの関係は?
「相対性理論(重力で時間と空間が歪む)」の影響ではないか?とよく言われますが、ダリ本人はこれを否定しています。「いや、ただのカマンベールだよ」と。
とはいえ、当時のダリが科学に関心を持っていたのは事実。無意識のうちに科学と芸術がリンクしていたのかもしれません。
同じMoMAに所蔵されているゴッホの《星月夜》も、夜空がうねるように描かれていますが、あれもまた「目に見えないエネルギー(乱流)」を視覚化したものでした。偉大な画家は、目に見えない「真実」を形にする力を持っているのです。
群がる蟻(死と腐敗)
左下のオレンジ色の懐中時計を見てください。
ここだけは元通りの硬い時計に見えますが、その上には無数の黒い蟻が群がっています。
ダリにとって、蟻は「死」と「腐敗」の象徴です。
幼い頃、死んだコウモリに蟻が群がり、肉を貪り尽くす光景を見た体験が、彼の一生のトラウマになっていました。
溶けた時計が「時間の無効化」を表すなら、蟻に覆われた時計は「時間の死」を表しています。
どんなに精密な機械も、いつかは壊れ、土に還る。その不吉な予感が、画面全体に漂う「静寂」の正体です。
乾燥した大地と、謎の生物
画面中央に横たわる、ナメクジのような奇妙な物体。
よく見ると、長いまつ毛のある「閉じた目」と、大きな鼻があることがわかります。
これはダリ自身の自画像です。
彼はここで「眠って」います。つまり、この絵全体が、ダリが見ている「夢」の景色なのです。
夢の中では、骨抜きにされたように無防備で、現実の殻を脱ぎ捨てた「本当の自分」が晒け出されます。
「天才」と称され、奇抜なパフォーマンスで世間を騒がせたダリですが、その内面には、常に傷つきやすく繊細な心が隠されていました。
ダリの必殺技:「偏執狂的・批判的方法」
「溶ける時計」なんてありえない。
でも、この絵を見ていると、妙にリアルで、本当にこういう景色が存在するように思えてきませんか?
それこそが、ダリの真骨頂です。
彼は自分の編み出した技法を、「偏執狂的・批判的方法(Paranoiac-Critical Method)」と名付けました。
名前は難しいですが、やっていることはシンプルです。
- 偏執狂的(パラノイア): わざと自分の脳をバグらせて、雲が顔に見えたり、時計がチーズに見えたりする「幻覚」を作り出す。
- 批判的(クリティカル): その幻覚を、フェルメールやラファエロのような超絶技巧で、写真のように精密に描き写す。
ダリは自作を「手描きの夢の写真」と呼びました。
「嘘(幻覚)」を「本物(写真のような技術)」で描くからこそ、見る人の脳が混乱し、強烈なリアリティを感じてしまうのです。
この「ありえないものをリアルに描く」という手法は、後にルネ・マグリットなどの他のシュルレアリストたちにも影響を与え、さらには現代のSF映画や広告デザインの基礎にもなっています。
私たちの時間は、固まっていないか?
1931年に描かれたこの小さな絵は、今もMoMAの壁にかかり、世界中から来る人々を魅了し続けています。
現代に生きる私たちは、ダリの時代以上に「時間」に追われています。
スマホの通知、電車の時刻表、会議のスケジュール。
私たちの時間は、カチコチに固まり、冷たいデジタル数字として管理されています。
もしあなたが日々の忙しさに息苦しさを感じたら、この《記憶の固執》を思い出してみてください。
そして想像してみるのです。
「もし、今見ている時計が、カマンベールチーズだったら?」
固まった時間を溶かし、自分だけの「柔らかい時間」を取り戻す。
ダリの絵は、そんな自由な世界への入り口なのかもしれません。
実物を見るチャンス
ダリの作品は人気が高く、2025年から2026年にかけても世界中で展覧会が予定されています。
- 2025年: 横須賀美術館、広島県立美術館で「生誕120周年 サルバドール・ダリ展」が開催。
- 2026年: 大阪中之島美術館で「拡大するシュルレアリスム展」が開催予定。
もし美術館でダリの作品に出会ったら、ぜひ近づいて、その筆使いの細かさを確かめてみてください。
きっと、その超絶技巧と、そこに込められた「狂気」の熱量に圧倒されるはずです。
ちなみに、「執念」で芸術を極めた画家といえば、30年間も睡蓮を描き続けたクロード・モネも忘れてはいけません。彼もまた、目に見える世界を超えた「光」を追い求めた一人でした。


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