フェルメール《赤い帽子の女》をどう見る?小さな板絵に隠れたもう一人

フェルメール《赤い帽子の女》全図。赤い広いつばの帽子をかぶった人物がこちらを振り向く バロック
Johannes Vermeer, Girl with the Red Hat, c. 1669. Courtesy National Gallery of Art, Washington

まず目に飛び込むのは、顔よりも大きく広がる赤い帽子です。

けれど、この絵の驚きは色だけではありません。画面は縦22.8cm、横18cmほど。一般的なノートより少し大きい程度です。しかも、フェルメールの多くの作品がカンヴァスに描かれたのに対し、これは板絵です。

さらに科学調査では、現在の女性の下に上下逆さまの男性像が見つかりました。小さな一枚に、制作の試行錯誤と研究上の論争が折り重なっています。

フェルメール《赤い帽子の女》全図。赤い広いつばの帽子をかぶった人物がこちらを振り向く

フェルメールという画家全体を先に知りたい人は、フェルメール初心者ガイドも参照してください。

まず作品のプロフィール

《赤い帽子の女》(英題 Girl with the Red Hat)は、ヨハネス・フェルメールが1669年頃に描いたとされる油彩画です。画面は縦22.8cm、横18cm。ワシントンのナショナル・ギャラリー・オブ・アート(NGA)が所蔵し、作品番号は1937.1.53です。(NGA作品ページ)

女性は身体を横へ向けたまま、顔をこちらへ返します。赤い帽子、青い衣服、真珠の耳飾り、金色の獅子頭をもつ椅子、背景のタペストリーが見えます。

支持体はカンヴァスではなく木の板です。NGAの技術研究は「おそらくオークの一枚板」としますが、過去の処置で裏面が加工され、木材そのものを分析できないため、樹種は確定していません。(NGA研究カタログ) 「オーク板」と言い切らず、おそらくを残すのが正確です。

赤い帽子は、形より先に光で見えてくる

《赤い帽子の女》の帽子。赤い広いつばに明るい部分と深い影が並ぶ

帽子の輪郭をたどろうとすると、意外に曖昧です。つばの端は背景へ溶け、赤は均一に塗られていません。明るい朱色、深い赤、ほとんど黒に近い影が、大きな面として隣り合います。

顔にも同じことが起きています。帽子が光をさえぎるため、額と目元は影に入り、鼻先、唇、頬の一部だけが明るくなります。赤い帽子が人物の飾りであるだけでなく、顔の光を設計する道具になっているのです。

NGAはこの作品を、鮮やかな色と大胆な絵具の扱いを試した、フェルメールの後期様式へ向かう転換点として説明し、制作年を1669年頃へ見直しました。(NGA研究発表)

「赤いから目立つ」だけではありません。大きな色面の赤、その下の暗い顔、衣服の青という強い対比が、わずか22.8cmの画面を実際以上に大きく感じさせます。

光の粒は、細密に塗り込んだ跡ではない

《赤い帽子の女》の顔と視線。唇、鼻先、目、真珠に小さな明るい点が見える

顔を近くで見ると、唇、目、鼻先、真珠の耳飾りに小さな明るい点があります。椅子の金色の飾りにも、光が粒になって置かれています。

これらの点を写真のような再現と考える必要はありません。実際の輪郭を細密に写すというより、見る人が「光った」と感じる最小限の合図です。

2022年に公表されたNGAの研究は、フェルメールが大きめの筆を使い、短く、混ぜすぎない明るい絵具を深い影と並べたことを強調しました。完成画の滑らかな印象とは裏腹に、下の層では速く大胆な筆づかいで形、色、光を組み立てていたとされます。(NGA研究発表)

《赤い帽子の女》の光の部分。顔、真珠、青い衣服に明暗の強い筆触が並ぶ

遠くではなめらかな顔に見え、近くでは絵具の点と面に分かれる。この距離による変化が、作品を見る楽しさの一つです。フェルメールの静けさは、必ずしも静かな筆づかいから生まれたわけではありません。

女の下には、逆さまの男性がいる

この板には、現在の女性像より先に別の人物が描かれていました。X線、赤外線反射、XRF元素マッピングなどの調査で、画面を180度回転した向きに、未完成の男性胸像が確認されたのです。(NGA研究カタログ/NGA研究発表)

それぞれの調査は、同じものを見るわけではありません。

  • X線は、鉛などX線を通しにくい元素を含む絵具や構造を捉えます。
  • 赤外線反射は、表面の下にある一部の暗い線や層を見つける助けになります。
  • XRFは、絵具に含まれる元素が画面のどこに分布するかを調べます。

複数の方法を重ねることで、目に見えない男性の頭部や衣服の位置が浮かびました。男性像は未完成のまま、板は上下逆にされ、その上に現在の女性が描かれたと考えられます。

ただし、下層の男性像をフェルメール自身が描いたとは確定していません。 NGAは、画材や筆づかいを比べてフェルメール作の可能性を排除できないとしますが、未解決の問題として扱っています。ここから「失敗作を隠した」「弟子の絵を塗りつぶした」といった物語をつくることはできません。

小さな板だったから、実験できたのか

《赤い帽子の女》の椅子と背景。金色の獅子頭飾りとタペストリーが粗い光の点で表される

《赤い帽子の女》はフェルメール作品の中でも特に小さく、珍しい板絵です。板はカンヴァスより硬く、筆を置いた感触や絵具の見え方も異なります。NGAの研究は、この小さな支持体でフェルメールが色彩と絵具操作を試した可能性に注目しています。(NGA研究発表)

背景のタペストリーや椅子の獅子頭は、細い輪郭で描き込まれていません。暗い色の上に明るい点と短い筆触が置かれ、少し離れると金属や織物に見えてきます。画面が小さいから細密になったのではなく、むしろ大胆な省略が効いています。

カメラ・オブスクラという光学装置の見え方と結びつける研究もあります。ぼけた光が点として見えることなどが理由です。しかし、フェルメールが制作にこの装置を使用したと証明する記録はありません。記事では「使った」と断定せず、作品の見え方を説明する一つの仮説として扱います。

ここだけの話――本当にフェルメールなのか

この作品は、フェルメールへの帰属、つまり「本当にフェルメールが描いたのか」をめぐって異論が出たことがあります。珍しい板の支持体、大胆な筆づかい、他作品との違いが議論の理由でした。

NGAは現在、科学調査と作品比較を踏まえ、フェルメール作品として紹介しています。ただし、研究カタログは過去の異論や技術上の問題を消していません。ですから、「論争は完全に解決した」と断定するより、現在の所蔵館の判断はフェルメール作だが、帰属には研究史があると理解するのが正確です。(NGA研究カタログ)

美術史では、作者名が有名だから研究が終わるのではありません。支持体、顔料、下層の像、筆触を調べ直すたび、制作の姿が更新されます。

事実・観察・解釈をどう分けているかは、Vellumの編集方針で確認できます。

美術館で見るなら、この三つを順番に

  1. 帽子を赤一色だと思わず見る。 明るい朱、深い赤、黒に近い影を探します。
  2. 顔と真珠の光点を見る。 少し離れ、点が光へ変わる距離を確かめます。
  3. 板を上下逆に想像する。 見えない男性像が先にあったことを思い出すと、完成画の裏に制作時間が見えてきます。

《赤い帽子の女》は、小さいから情報が少ない絵ではありません。支持体の珍しさ、筆の大胆さ、下層の別人物、帰属の議論まで、見るほど論点が増えていきます。赤い帽子に目を奪われた次の瞬間から、本当の鑑賞が始まる一枚です。

同じフェルメールの静かな人物画でも、動作の途中を見たい人は《手紙を書く女》へ。観察の基本から練習したい人は、美術館で一枚を見る5つの順番へどうぞ。

出典・画像クレジット

  • National Gallery of Art, Girl with the Red Hat object page(NGA作品ページ)
  • National Gallery of Art, Dutch Paintings of the Seventeenth Century: Girl with the Red Hat, c. 1669(NGA研究カタログ)
  • National Gallery of Art, New Findings from National Gallery of Art Suggest Existence of a Studio of Vermeer(NGA研究発表)
  • National Gallery of Art, Terms and Notices
  • 画像5点はNGA公式IIIFのパブリックドメイン画像(全図1点、同一画像の部分拡大4点)。Credit: Courtesy National Gallery of Art, Washington.
バロック

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