19世紀パリの人びとは、どこにいた?駅・カフェ・オペラの5作品

マネ《鉄道》。黒い鉄柵の前で青い服の女性が正面を向き、白い服の少女は蒸気のほうへ背を向ける 近代美術
Édouard Manet, The Railway, 1873. National Gallery of Art, Washington. Public Domain / CC0.

19世紀のパリを描いた絵には、列車の蒸気、整った大通り、劇場の明かりが現れます。けれど「パリは突然近代的になった」と一言でまとめると、そこにいた人びとの姿が平らになってしまいます。

駅では、通り過ぎるものと待つ人が隣り合う。カフェでは、演じる人と見る人の境目が揺れる。オペラのボックス席では、舞台だけでなく客席も視界に入る。窓から見下ろす大通りでは、個人より流れが先に見えてくる。

ここではマネ、アルフレッド・スティーヴンス、ドガ、メアリー・カサット、ピサロの5作品を、画家の順位表としてではなく、人がどこに置かれ、どの方向から見えるかを比べるために並べます。油彩だけではありません。紙の上でつくられたパステルや版画も含めることで、都市を描く方法そのものが一つではなかったことも見えてきます。

5作品を読むための、小さな地図

まず、場所と媒体を一緒に見ておきましょう。「19世紀のパリの絵」と聞くと、すべてを油彩画だと思いやすいからです。

作品 場所 年 媒体 最初に見る点
マネ《鉄道》 鉄道の柵の手前 1873 油彩・カンヴァス 正面を向く女性と、背を向ける少女
スティーヴンス《駅にて》 駅 c.1874 油彩 「駅にいる」人物を置く題名
ドガ《カフェ・コンセール(観客)》 カフェ・コンセール 1876–77 パステル+モノタイプ 暗い刷りと色の粉が重なる表面
カサット《オペラのボックス席 No.3》 オペラのボックス席 1880 エッチング+アクアチント 小さな版画面のなかの視線
ピサロ《冬の朝のモンマルトル大通り》 大通りを望む窓 1897 油彩・カンヴァス 上から見た車と人の流れ

この表の「場所」は、ただの背景ではありません。柵、席、窓、舞台に近い暗がりは、誰が誰を見るか、どこまで見えるかを決めます。以下では、物語を勝手に補うのでなく、画面と所蔵館の記録から確認できる範囲で、その違いを追います。

駅は、通過と待機が並ぶ場所

マネ《鉄道》。黒い鉄柵の前で青い服の女性が正面を向き、白い服の少女は蒸気のほうへ背を向ける

エドゥアール・マネ《鉄道》の中心にあるのは、列車の車体ではなく黒い鉄柵です。柵の手前では女性が本、扇、小さな犬を膝に置いてこちらを見ます。隣の少女は柵へ向かい、白い蒸気のほうへ背中を見せます。NGAは二人の関係を母子か、世話をする女性と子どもかという問いのまま残しています。ここで関係を決めるより、同じ場所にいながら視線の向きが一致しないことを見る方が確かです。

柵は人物と蒸気のあいだに反復する黒い線をつくり、奥を説明するより先に画面を区切ります。蒸気の中には建物と橋の一部が見えますが、肝心の列車は正面に現れません。駅は「交通を見せる場所」というより、見えるものと隠れるものが同居する場所として働いています。

アルフレッド・スティーヴンス《駅にて》。駅に置かれた人物と荷物、室内の細部が見える場面

アルフレッド・スティーヴンスの《駅にて》も、およそ1874年の油彩です。マネのように鉄道の蒸気と柵を大きく使うのでなく、題名がまず「駅にいる」という状況を指定します。二作を並べると、駅は同じ一つの景観ではないと分かります。一方では鉄道の外側をのぞく視線があり、もう一方では駅という室内・待機の場に人が置かれる。

女性が何を考え、誰を待っているかを作品から断言する必要はありません。鑑賞ではむしろ、荷物、衣服、椅子や壁のような細部が、移動そのものではなく「移動の前後」をどのように見せるかを確かめてみてください。マネの一作を柵と二つの視線から詳しく読むなら、《鉄道》の鑑賞ガイドへ進めます。

カフェでは、舞台と観客が重なる

ドガ《カフェ・コンセール(観客)》。暗い空間に複数の人物の顔や帽子が浮かび、パステルの色が刷りの上に重なる

ドガ《カフェ・コンセール(観客)》は、油彩画ではありません。所蔵するシカゴ美術館によれば、バフ色の紙にモノタイプを刷り、その上へパステルを重ねた1876–77年の作品です。モノタイプは、版に描いた像を一度紙へ移す版画の方法。パステルは、色の粉を固めた画材です。二つを重ねると、輪郭がきっぱり固定されるというより、暗い刷りの中から色が浮くような表面になります。

題名にあるのは「観客」です。画面を見るとき、私たちは誰が演じているかを探す前に、顔や帽子の断片、濃い影のまとまりを追うことになります。舞台を正面から説明する絵ではなく、見る側が集まる場所の密度を感じさせる作品、と読むことができます。これは作者の意図を断定するのでなく、紙の小さな画面に人の姿が近く重なることから始める読みです。

題名が示すカフェ・コンセールの場面で、ドガは舞台や演者ではなく観客を画面の中心近くへ置きました。だからこの作品では、見る側が背景に退かず、絵を見る私たちの目の前へ出てきます。マネだけでなく複数の画家の表現を時代の変化として比べるには、印象派は突然始まった?1874年前後の5作品で見る変化も役立ちます。

オペラのボックス席は、客席を眺める場所でもある

メアリー・カサット《オペラのボックス席 No.3》。ボックス席にいる女性を、小さな縦長の版画面で描く

メアリー・カサット《オペラのボックス席 No.3》は1880年の紙作品です。媒体はソフトグラウンド・エッチングとアクアチント。前者は柔らかい防食膜を使って線の質感を版へ移すエッチングの方法、後者は樹脂の粒で面の濃淡をつくる版画技法です。難しい名前ですが、まずは線だけでなく、ざらりとした明暗の面でも席の空気をつくる技法だと捉えれば十分です。

ボックス席は、舞台に向くための場所です。しかし画面の人物を追うと、視線は舞台だけに閉じません。小さな画面のなかで、人物、席の縁、周囲の暗がりが近く接し、見る行為そのものが主題になっているように感じられます。誰を見ているか、どんな感情かを決めずに、顔の向きと、席が切り取る範囲を確かめるとよいでしょう。

同じ「見る」でも、駅の柵越しの視線と、ボックス席の視線では距離が違います。前者には向こう側を隠す蒸気があり、後者には座席がつくる枠があります。人物の気持ちを当てるのでなく、視線が画面のどこで止められ、どこへ抜けるかを読む練習には、肖像画の視線を読むガイドをどうぞ。

大通りでは、一人より流れが見えてくる

ピサロ《冬の朝のモンマルトル大通り》。冬の並木道を上から見下ろし、車や歩行者が道を行き交う

カミーユ・ピサロ《冬の朝のモンマルトル大通り》は1897年の油彩・カンヴァス画です。Metの記録によれば、ピサロは1897年2月から4月にかけて、グラン・オテル・ド・リュシーの宿から大通りを見下ろし、モンマルトル大通りを14点、別方向のイタリアン大通りを2点描きました。

ここでは窓の高さが決定的です。駅やボックス席の人物は近くにいて、私たちは服、背中、柵、席の縁をたどれます。ところが大通りでは、車、歩行者、木、建物が小さく散らばり、一人ずつの顔を読む距離ではありません。道の上に点在する色と形が、冬の朝の往来という流れをつくります。

これは群衆を一つの性格にまとめた絵ではありません。むしろ、個々の人物を特定できない距離が、都市の時間を見せます。車がどちらへ向かうか、空いた場所がどこにあるか、木の列が道をどう伸ばすか。細部を数えるほど、画面が静止画なのに動いて感じられてきます。

場所を比べると、都市の人びとは一つの群衆ではない

5作品に共通するのは、パリを完全な見取り図として示さないことです。どれも人と場所を、ある限られた位置から切り出します。その切り出し方を比べると、都市の人びとが一枚岩の「群衆」ではないことが見えてきます。

場所 私たちが立つ位置 人物の見え方 画面をつくる境界
駅の柵 手前から奥をのぞく 向きの異なる二人 鉄柵と蒸気
駅の待機空間 室内の人物へ近づく 移動の合間にいる一人 荷物や室内の細部
カフェ 観客の近く 顔や帽子が暗がりに重なる 刷りの黒とパステルの色
オペラの席 席の枠内 見る人物の姿 ボックス席と明暗
大通り 窓から見下ろす 個人より往来のリズム 道と並木の遠近

近代都市を描く絵は、鉄道や新しい道を「進歩の印」として置くだけではありません。そこへいる人を、近くから見せるか、背中で見せるか、暗い面に重ねるか、遠くの点にするか。その選択が、私たちの見る距離を変えます。

次に都市の絵を見るときは、三つだけ試してみてください。

  1. 自分はどこに立たされているか。 柵の手前か、席のそばか、窓の上かを探します。
  2. 人物は何人まで個人として見えるか。 顔や服を読める距離と、流れとしてしか見えない距離を比べます。
  3. 何が視界を区切るか。 柵、窓、暗がり、紙の刷り、並木の列に目を向けます。

場所から読む、次の一枚

マネの都市表現を画家の仕事全体に戻して見たいなら、マネは何が新しかった?5作品でたどる近代絵画の入口へ。五作品のどれにも、人物を説明しすぎず、場所がつくる距離から入る道があります。

駅、カフェ、オペラ、大通りは、どれも「パリらしい」記号で終わりません。そこで人がどこを向き、どの距離から見えるかを追うと、街は背景ではなくなります。絵の中の場所は、見られる人びとの姿と、見る私たちの位置を同時につくっているのです。

出典・画像クレジット

画像クレジット: Édouard Manet, The Railway, 1873, National Gallery of Art, Washington; Alfred Stevens, At the Railway Station, c. 1874, The Art Institute of Chicago; Edgar Degas, Café-Concert (The Spectators), 1876–77, The Art Institute of Chicago; Mary Cassatt, In the Opera Box, No. 3, 1880, The Art Institute of Chicago; Camille Pissarro, The Boulevard Montmartre on a Winter Morning, 1897, The Metropolitan Museum of Art.

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