嵐と晴天が一枚を分ける—コール《オクスボウ》

コール《オクスボウ》の全景 近代美術

コール《オクスボウ》の全景

左には、画面を押しつぶしそうな黒い雲と、ねじれて折れた大木。右には、光を受ける川と、四角く区切られた農地。同じ一枚なのに、天気も土地の姿も大きく違います。

トマス・コールの《オクスボウ》は、この左右差を入口にすると見やすい風景画です。ただし、「左が自然、右が文明」という一文だけで閉じると、中央の空、小さな画家、畑に残る木々を見落とします。

この記事では、左の嵐、右の川、二つをつなぐ空、崖に座る画家の順で見ていきます。まず観察し、背景を知ってからもう一度絵へ戻る方法は、美術館で絵をどう見ればいい?でも練習できます。

《オクスボウ》を30秒で確認

  • 作者: トマス・コール(1801–1848)
  • 正式題名: View from Mount Holyoke, Northampton, Massachusetts, after a Thunderstorm—The Oxbow
  • 制作年: 1836年
  • 技法: カンヴァスに油彩
  • 寸法: 130.8 × 193 cm
  • 所蔵: The Metropolitan Museum of Art
  • 収蔵番号: 08.228

「オクスボウ」は、牛に付けるU字形のくびきに似た川の曲がりを指します。この絵では、右下から奥へ進むコネチカット川が大きく折り返し、明るい平地を囲んでいます。

コールは、後に「ハドソン・リバー派」と呼ばれるアメリカの風景画家たちへ大きな影響を与えました。これは後世の呼び名で、同名の学校をコールが設立したという意味ではありません。

左の嵐は、木の形から見る

暗い嵐、ねじれた木、濃い前景

左側では、暗い雲が山を覆い、太い木が斜めに身を乗り出しています。幹は途中で折れ、枝は不規則に伸びています。下の森も濃い緑に沈み、右側の平地より近く、重く感じられます。

美術史では、恐れを含むほど大きく荒々しい自然の見え方を崇高と呼ぶことがあります。The Metの研究紀要は、この暗い側を崇高の伝統と結び付けて論じています。難しく考えず、まず「まっすぐな線が少ない」「空が暗い」「近くの木が大きい」と言葉にすると、その緊張がどこから来るか見えてきます。

右の川と農地は、曲線と四角でできている

蛇行する川、区切られた農地、遠くの丘

右側へ移ると、川の大きな曲線と、農地の四角い区画が目に入ります。小さな木、家畜、舟、細い煙も点在します。空は明るく、遠くの丘ほど青みを帯びて薄くなります。

一点に集まる線がはっきりしなくても、川の重なり、色の薄まり、物の小ささが奥行きを作ります。絵の消失点はどう探す?で紹介するように、一点透視で説明できない画面では、無理に一つの答えを作らないことも大切です。

The Metの現行解説は、光の当たる農地を、ヨーロッパ系入植者による開墾が「手つかず」とみなされた土地へ進む様子として説明しています。一方で、画面だけからコールの政治的意図を一つに決めることはできません。見える土地利用と、後世の解釈は分けておきます。

嵐と晴天は、中央の空で接している

暗い雲から青空へ移る中央の境目

左右は壁で切られているわけではありません。暗い雲の縁は、中央で白く光り、そのまま右の青空へほどけます。下を見ると、森の濃い緑も川辺まで続いています。

この境目に注目すると、左と右は単純な二枚絵ではなくなります。荒れた自然と開かれた農地は対照的ですが、同じ天候、同じ川、同じ視点の中にあります。違いを強く見せながら、完全には切り離さない構成です。

崖の縁に、小さな画家がいる

崖でスケッチを中断し、こちらを見る画家と画材

画面下の中央より少し右、白い傘と画材のそばに、小さな人物が座っています。The Metの作品解説と研究紀要は、この人物をコール自身と説明します。彼はスケッチの手を止め、こちらを見ています。

人物が小さいため、最初は見落としやすいでしょう。しかし見つけた後は、この絵が「そこにある風景」だけでなく、風景を見て、選び、絵にする人も描いていると気づきます。画家の表情や気持ちは読み取れませんが、その位置は鑑賞者へ視線を返す仕掛けになっています。

現地の眺めは、スタジオで一枚の絵になった

The Metが所蔵する同年の小型油彩スケッチによると、コールにとって屋外での素描は自然を調べる重要な方法でした。現地の鉛筆素描を手がかりにしながら、スタジオで構図、色の釣り合い、画面のリズムを検討しています。

The Metの1982年の研究も、完成作は地形を機械的に写したものではなく、風景の要素を組み直した構成だと論じます。つまり、実際の場所を見て描いたことと、絵として大胆に編集したことは両立します。

写真のような正確さを探すより、「なぜ大木をこれほど近く置いたのか」「なぜ川を大きく折り返したのか」と問う方が、コールの選択へ近づけます。

「自然対文明」だけで終えないために

研究史では、左の荒々しい自然と右の耕された土地を、崇高と穏やかな美、荒野と開発、過去と未来などの対照として読む試みが重ねられてきました。2018年のThe Met展覧会も、コールの作品に土地開発の生態学的な代償への警告を読み取っています。

ただし、どれか一つだけを作者の最終回答にする必要はありません。現行の所蔵館解説が示すように、「手つかずの荒野」という言葉自体が、先に暮らしていた人々を見えにくくすることがあります。画面の明るさを、そのまま進歩の善悪へ置き換えない方がよいでしょう。

風景画で目が近景から遠景へ動く仕組みを別の時代と比べるなら、オランダ室内画と風景画はどう違う?も次の読み物になります。

全景へ戻り、四つの場所をもう一度

最後に全景へ戻り、次の順で目を動かします。

  1. 左の暗い雲と折れた大木を見る。
  2. 右の川の曲線と農地の四角を見る。
  3. 中央の空で、暗さが光へ変わる場所を見る。
  4. 崖の小さな画家を見つけ、もう一度全景へ戻る。

《オクスボウ》の面白さは、左右の違いだけではありません。二つを同時に見られる場所へ画家が自分を置き、その視点を私たちへ渡していることにあります。

出典・画像クレジット

近代美術

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